2月20日。この日は、生きていればアントニオ猪木82歳の誕生日です。
この日の18時、京王プラザホテルにて猪木の実弟である猪木啓介氏の「株式会社猪木元気工場」社長就任を兼ねての出版記念パーティーが開催されました。詳しくはOSGホームページに掲載している「天国の猪木へ」(第135回~138回)を読んで頂ければ幸いです。
とにかく、時間がない中で短期間の準備となったパーティーでしたが、さすがは「アントニオ猪木」。知名度は抜群で、事前の仕掛けもありましたが、このパーティーの目玉である「AI猪木」の登場がテレビ朝日「グッド!モーニング」でも取り上げられました。
私としては、創立55周年記念式典が6か月後にありますので、その前哨戦のような気持ちで臨みました。
24日には、公益社団法人「アジア協会アジア友の会」の創始者である村上公彦氏の感謝会が阪急グランドビルで開催。理事長として、この後どのように引き継いでいくのか。私にとって、大きな使命がまた1つ増えました。もちろん、この事は前向きに、感謝の気持ちで取り組まなければならないと、と自分自身に言い聞かせました。このようなカリスマ創始者の後を引き継ぐというのは、中々厳しいものがあります。パーティーに参加しながら、このような事を考えていた時、ふと猪木の言葉を思い出しました。日本のプロレスの父といえば力道山です。戦後復興のシンボルである当時大人気の力道山を凌ぐには、「力道山先生がしていない事をやるしかない」と猪木は考え、プロボクシング世界チャンピオンであり、最大の人気を誇っていたモハメド・アリ戦等、異種格闘技戦に挑んだとの事です。つまり、私もカリスマ創始者の村上公彦氏がやってこなかった事を考え、行わなければならない、とこの時から考えていました。
その2日後、26日に私は「トリプル劉」と出会います。
劉 澤凱・劉 凱・劉 永政の3名です。この3名の中で最年少の劉 澤凱氏(38歳)は、以前よりの知り合いです。私が知る「最強の30代」の1人です。
私は彼を「劉ちゃん社長」と呼びます。彼については、いずれ「人生はプラス思考で歩きましょう!」に登場しますので、その時に説明します。この劉ちゃん社長が、最初に紹介してくれたのが、劉 凱氏(45歳)です。劉 凱氏は中国最大手テンセント社の元技術者です。日本で多く使われているコミュニケーションアプリ「LINE」の何十倍もの利用者数を誇る「微信(ウィーチャット)」の技術者ですが、ビジネス感覚は凄いです。
劉ちゃん社長の話によると、劉 凱氏はテンセント社を退職後、莫大な資金を得て中国大手ディスカウント小売チェーン「好特売(HotMaxx)」を仲間と創業。
2014年より越境輸入ビジネスEC事業を開始し、なんと翌年には年間売上150億元(約3000億円)を達成。2015年にはコミュニティ共同購入業界を立ち上げ、年間売上300億元(約6000億円)を突破。さらに150億元(約3000億円)の資金調達に成功した人物です。2020年には「好特売(HotMaxx)」を開業、なんとわずか5年間でリアル店舗1000店に到達、と正に「チャイニーズドリーム」の1人と私は思っています。いつも黒のTシャツかポロシャツしか着用していません。お酒も飲まず、もっぱらコーラです。
今回の面談は、主に劉 永政氏が「私に会いたい」というものでした。以前より劉 永政氏が劉ちゃん社長を通じて私に面談を求めていましたが、私はあまり積極的ではありませんでした。その理由は、劉 永政氏はインドネシアで製パン工場を経営しているからです。日本的なイメージで言うと、山崎製パンや敷島製パンといったスーパーやコンビニに向けて袋詰めの製造・販売をしているのが劉 永政氏の事業です。従って、食パン専門店でキャリアの浅い私に会う必要はないだろうと思っていたわけです。それでも、永政氏は会いたいと言い続け、私を知っている2人の劉さんが付き添って来日されたわけです。大阪・難波の焼肉店で会いました。永政氏の話題は「香料」についてでした。彼は、今まで多くの日本人を含め、香料の依頼をしたのですが、全て「返事はいいが実行はしてくれなかった」との事です。最後に私を頼ってきたというわけです。何度も言いますが、私はベーカリー業界、というよりも、食パン専門店業界に参入してまだわずか数年です。しかも、ベーカリーの事はそれほど詳しくありません。しかし、2人の劉氏を通じて来日されたので、内容をしっかり聞きました。話題である「香料」の具体的な内容は、ここでは控えます。
結果的には、24時間以内に香料メーカーを紹介しました。「トリプル劉」の皆さんは驚いていました。私は彼らと別れた夜から、あらゆるパン業界の方に電話をしました。翌日の朝も引き続き、何十件も調べました。電話越しでありますが、あるA社と出会い、担当者B氏にたどり着きました。
出版記念パーティーの件にしろ、社団法人「アジア協会アジア友の会」の事にしろ、今回の「トリプル劉」さんの件にしろ、いずれも私のビジネスに直接関係はありません。しかし、私にとって全てが勉強であり、全てが私自身の経験になっています。全てが私にとって挑戦です。
3月1日。全国拠点長会議がありました。課題は創立55周年記念式典についてです。この時、「会長賞」について話しました。創立55周年記念式典を開催できるまでやってこれたのは、社員さんの存在抜きに語る事はできません。そこで、私の私財として「1000万」を提供する事を改めて発表しました。その時、「五体満足の身体がありながら、自らの能力に挑戦しないのは”卑怯”と言われるのと同じくらいの意味です」と伝えました。
「挑戦する」とは、自己の可能性を発見する事にあります。
以前にもこの「人プラ」で掲載したかもしれませんが、私の座右の銘である
「求めて難にあたり、自らの能力に挑戦する」とは、自分の能力の再発見に過ぎません。
社員さんにこのように求めている以上、私も未知の分野であっても挑もうと思います。
この時、私は78歳でありますが、挑戦に年齢の制限はありません。
次回、2月28日に掲載します。
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