代表取締役 湯川 剛

本日、2026年8月29日はOSGコーポレーションの56回目の創立記念日です。
ちょうど1年前の2025年8月29日、創立55周年記念式典&謝恩パーティーを都内ホテルで行いました。全ての行事が終わった後、私は誰とも会わず、1人で夏の夜空を見ながら歩いていました。数時間前、多くのお客様に「創立65周年にまたお会いしましょう」と10年先の記念式典開催の約束をしました。これから10年。88歳。
日本の男性平均寿命から考えると、私が65周年に立ち会える確率は非常に少ないわけです。データ上では、83歳を迎えられる人は20%しかありません。80%はこの世にいません。「10年か・・・」夜道を歩きながら、この言葉を頭の中で繰り返していました。
そこで、ふと出て来た言葉があります。それが「余命10年宣言」です。

さて、話を2025年の初夏に戻します。
この頃、私の中で面白い出来事がありました。それが「ドーナツ事件」です。
私の最年少友人であるR社長に絡む話です。彼は30代後半。日本と中国で立派な事業を展開しています。日中両国の言葉が堪能なので、日中のネットワークも充実しています。その関係から、中国である事業の話が彼のところに舞い込んできました。
この話は数年前の話です。
日本最大のドーナツ会社(略:M社)が数年前に中国から撤退。しかし、中国市場は今後も魅力ある市場である、と中国の日系大手商社役員からM社役員に「R社長に中国総代理を任せれば」という話が浮上しました。M社は当分中国には進出しない方針です。
そこでM社はR社長に1つの条件を出しました。それは、「日本人経営者を経営陣に加える」です。私は、M社のこの判断は正しいと思います。中国ビジネスには、どこかで「日本人の判断」が必要だからです。そこでR社長は、上海に進出している経験や上場会社会長という立場から、私に白羽の矢を立てました。
聞くところによると、M社は第一段階としてクリアし、私は何度かM社の親会社に呼ばれました。もちろんR社長も同席です。面談相手は海外責任者でした。そこで私は、親会社の役員との面談を希望しました。しかし、「まだ未決定案件なのでもう少し待ってほしい」との海外責任者の返答でした。組織的に何かあるのでしょう。私も理解を示しました。
実はこの親会社、1960年代初頭に設立。S創業者は、当時多数の書籍を出版されていました。当時若い私は、それらをむさぼり読んでいました。S創業者の考え方に共鳴し、私自身の経営観にも影響していると思います。それだけに、親会社の企業風土は好きな方でした。むしろ憧れの企業です。もしこの話が本当に実現するならば、事業とは別に私の「青春」時代の夢が実現するような話でもあります。M社は何度もR社長に企画書提出を要求し、彼もそれに合わせて一生懸命対応していました。ところが、M社から中々具体的な回答が来ないまま1年以上が経ちました。さすがに私たちも痺れを切らしました。そんなある日、R社長と私との間で「もしかすればM社は当分中国に進出しないのではないか。それなら私たちでドーナツ会社を作るか」という話で盛り上がりました。

6月24日。
私は「銀座に志かわ・築地店」で、嵜本ベーカリーの東社長と向き合っていました。話の内容は「M社」についてです。
私は、M社の中国市場からの撤退やそれから以降のR社長とのやり取り等を説明しました。しかしながら、1年以上が経過しても何の音沙汰もありません。それならば、と私とR社長らとでオリジナルのドーナツブランドを作る経緯を東社長に話しました。
構想としては、銀座あたりで日本ブランドのドーナツ店をオープンし、M社が撤退した「空白市場」に仮にブランド名を「銀座ドーナツ」として、中国進出するプランです。
では、何故東社長に説明したのか。実は彼は、長くM社の商品開発役員として勤務していたからです。よって、M社の事は誰よりも理解している人物なのです。東社長は、「了解しました。たぶん、M社は中国から撤退したので、当分は進出しないのではないでしょうか」と言いました。私と意見が一致しました。また、M社から作り手の人を引き抜くことは絶対にしてはいけない事も東社長と意見が一致しました。
こうして、その日の話は終わりました。この日1回だけのミーティングであり、それ以降この件について具体的な事は1度たりとも話していません。
勿論この話はR社長にも伝えました。彼も大変喜びました。なしのつぶてのM社に対し、むしろ私たちは1つのビジネスマーケットとして純粋に考えていました。そんな中から生まれた「銀座ドーナツ」構想です。

それから数か月後。2026年の春頃です。ある社長から私に、「M社が中国に進出する」という話を聞きました。聞くところによると、2月初めにM社からのプレスリリースが出ているという事です。私はその内容を見て驚きました。M社はR社長とマスターフランチャイズ契約を締結したとの事です。私は毎月のように彼と会っていますが、その話は一度も出ませんでした。そこで彼に確認したところ、R社長は申し訳なさそうに「M社から契約をする条件が出された」との事です。その条件は「私の排除」です。彼はその条件を受け入れ、契約したとの事です。

当初は「日本人を経営陣に入れる」事が条件で、私も何度か親会社に出向いたものです。
ところが今回は、「私を排除する」事が条件との事です。理由を聞いて驚きました。
それは、「湯川会長が加わると間違いなく別ブランドのドーナツを作る」という事でした。
私は「はぁ?」と、不意を突かれた気持ちになりました。「それは・・・」と言いかけましたが、途中で止めました。そして、R社長に「契約が出来てよかった」と喜びました。

後日、この話をある会合で数名の人に「笑い話」として話しました。ある人は、「会長は太っ腹だ。私ならクレームをつけている」と言いましたが、若いR社長が活躍するならそれでいい、と説明しました。ところが、M社に近い人から意外な話を聞きました。それは「湯川会長がR社長とドーナツブランドを作る事を聞いて、M社は慌てたのではないか。そこでM社は急遽R社長と契約を結んだのではないか」という分析でした。これは、あくまでもその方の推測であり、真相は分かりませんが、明確な事は若いR社長が大きな権利を獲得した事です。それはとても素晴らしいチャンスを得たという事です。

むしろ私の興味は、誰が「銀座ドーナツ」構想をM社に伝えたのか。勿論、その犯人探しには興味はありません。


次回、9月29日に掲載します。

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