2022年6月30日。ちょうど今から4年前の話ですが、出来るだけ詳しくその時の状況を掲載したいと思います。何故ならば、この日の事は非常によく覚えているからです。
「根上」の創業者・坂根社長との面談は14時の約束でしたが、私は15分程早くロイヤルホテルに着きました。仲介役である大阪プロレスのゼウス社長に電話をすると、「少し遅れるが、坂根社長は既に来ている」との事でした。坂根社長とは初対面ですが、テレビ等で顔を知っていたので探していたところ、ばったりと坂根社長と出会う事になりました。
坂根社長の方は私の顔はご存じない感じでしたので、私から声を掛けました。坂根社長は「今日は何の用事なのか」という困惑している感じで、「ただゼウス社長に言われて来た」との事でした。お互い立ったままなので、メインラウンジに入ろうとしたところ、ホテルの方に「少々お待ちください」と言われ、入り口の待合イスに案内されました。ゼウス社長がまだ到着していなかったので、初対面の2人の間に少し沈黙が流れました。
私は待合イスに座りながら、「坂根社長が書かれた『奇跡の食パン』にサインをもらおうと思って持って来ました」と伝えたところ、坂根社長からサインを断られました。そこで私は、「2018年11月にこの本を手にして10回以上読んだ。その時から、必ず坂根社長にサインをもらおうと決めていた」と伝え、本を差し出しました。坂根社長は、困ったなという顔をしましたが、サインペンを渡すとすらすらとサインを書かれました。サイン以外に「湯川様 感謝 2022.6.30」と書かれていました。私は思わず、「上手じゃないですか。しかも、サインそのものじゃないですか」と話したところ、自身のラジオ番組を持っているとの事でした。ラジオ大阪で、毎週土曜日の朝にご本人の名前のラジオ番組が放送されているとの事です。多才な方です。
その時、ゼウス社長がやってきましたのでホテルの方にテーブルへ案内されました。私がホットコーヒー、坂根社長がアイスコーヒー、ゼウス社長がミックスジュースを頼みました。お互い初対面でしたが、そこは「関西人」同士の感覚があったのでしょうか。とはいえ、坂根社長は「食パン専門店」の先駆者であり、エリアによっては「根上」と「銀座に志かわ」がぶつかり合っているライバル同士です。サインはいただきましたが、坂根社長は多少構えながら、私との会話に臨まれている感じです。
そこで私は、いきなり「何故、坂根社長が根上の社長を辞任したのか」とズバリ尋ねました。正直、どのような事情があろうとも余程の事がない限り、創業者が辞任することは理解しにくいものです。その時、坂根社長は「創業時の工房責任者の中居らと、営業の者4・5人も辞めた」と語られ、私は更に驚きました。それは、「根上」というブランドの根幹を揺るがすものだと思ったからです。坂根社長は、この時「まだ株主として残っている」という説明でした。だからあまり詳しい事を私に伝える事はできない、との説明で私も理解しました。
私は「実は、根上の共同経営者である森上会長はよく知っている」と共同経営者の森上会長について切り出しました。そして、「銀座に志かわ」誕生のきっかげが間接的に森上氏の存在があったからだ、と2018年1月のお年玉を渡す時の会話を話しました(第540回 約束の電話 2023年2月20日掲載)。
「根上」の仕込み水にどのような水を使っているのかを森上氏に確認し、「よければOSGの水を採用してほしい」と言ったところ、「共同経営をしているので、相手に確認する」と返答があったまま連絡がなかったわけです。そこで私が電話をしたところ、それまでは24時間以内にレスポンスがあったのですが、今日まで何の連絡もないわけです。
それなら「OSGの水を仕込み水にした食パンを作ろう」と考えた事が「銀座に志かわ」誕生のきっかけであり、「水にこだわる高級食パン」というコンセプトになったわけです。
もしあの時、「OSGの水は使用できません」と連絡があったならば、私は間違いなく食パンの世界には入っていませんでした。歴史に「たられば」はありませんが、もしあったならば、この日の私と坂根社長の面談はなかったわけです。
「自分はまだ株主なので、詳しいお話はできない」と言っていた坂根社長でしたが、共同経営者であった森上会長が坂根社長の後任として「会長兼社長」に就任した事について、私ではなく、ゼウス社長に向けて説明されました。
次回、6月1日に掲載します。
ご意見、ご感想は下記まで
support@osg-nandemonet.co.jp