代表取締役 湯川 剛

当時の私は、銀座に志かわの創業者として「3年で100店舗」出店の目標に日々活動していました。同時に、1年限りでのOSG復帰として営業本部長に就任した事は既に掲載した通りです。本来であれば、創立50周年式典を開催し、多くのお取引先様との面談を計画していましたが、コロナショックにより中止になり、時間が空けば1社1社訪問し、創立50周年の挨拶に回っていました。

2020年10月26日。
私はこの日、取引先様訪問の日でした。午前中に築地エリアのW社を訪問し、幹部社員と晴海通りを歩いていました。ふと見ると「売りビル」と書かれていたビルを見ました。間口は約6メートルあり、銀座に志かわの暖簾がちょうど収まるような小さなビルです。地上6階・地下2階建てと書かれ、仲介業者の電話番号も書いてありました。私は躊躇なくその場で仲介業者に電話を掛け、内容を確認しました。本来はW社を出た後、築地駅で電話に乗車する予定でしたが、何を思ったのか晴海通りまで歩き、この物件と出会ったわけです。
このビルを見た瞬間、私はこのビルと出会うべくして出会った、と思いました。勿論、販売価格や諸々の条件等の説明を仲介業者から受けたわけではありません。しかし、私にとって会うべくして会った人物のような気持ちになりました。歌手の松田聖子さんが結婚相手との出会いに「ビビビッと来た」と発言し、たぶんその年の流行語になったのですが、そんな感じの「ビビビッと来た」ビルとの出会いでした。このビルこそが101番目の「銀座に志かわ・築地店」になるわけです。

私にとって「運命の店舗」と言っても過言ではない感情が湧き出ました。血が熱くなった感じでもあります。その背景は、実は2018年9月13日の出来事から来ています。
既に第561回(2023年9月20日掲載)に掲載していますが、そのまま転載します。

『2018年9月13日。
私は午前1時に銀座本店に顔を出して
「おはようございます。いよいよ本日です。よろしくお願いします」と工房の皆さんに
挨拶をしました。オープンまで9時間あります。
私は兎に角午前1時に顔を出し、工房の皆さんに挨拶する事が第一だと思っていました。工房に入って皆さんと一緒に仕事をする事は出来ません。むしろ邪魔になるだけです。
とはいえ、これだけで帰宅する訳にも行きません。皆さんがオープンまで頑張って頂いている事をどこかで自分も共有したい気持ちがあり、以前よりこの日のスケジュールを決めていました。それは近くの先輩ベーカリー店に「挨拶に行こう」と思っていました。

私は銀座本店で工房の皆さんに挨拶した後、まずはJR有楽町駅に程近い「セントル ザ ベーカリー」様に向かいました。徒歩12分程でした。辺りは真っ暗です。
銀座桜通りに面した灯りのついていない「セントル ザ ベーカリー」様の店舗に向かって「銀座に志かわです。本日よりよろしくお願いします」と一礼しました。
「セントル ザ ベーカリー」様に対しては全く知識はありません。ただ、髙橋社長からは実績のある行列のできるベーカリーであると教わっていました。ベーカリービジネスに対しては全くの素人である私にとって、全てが先輩であり、教師でもあります。これから実績を作って行きながら「セントル ザ ベーカリー」様のようにならなくてはならないと思いました。

その後、銀座通りに面した京橋交差点近くにある「俺のベーカリー京橋店」様に向かいました。銀座通りは僅かな車が走っています。そこで「俺のベーカリー京橋店」様に向かって同じように「銀座に志かわです。本日よりよろしくお願いします」と一礼しました。
もしこの光景を車から見ていると、どう思っているでしょうか。真夜中におかしい男が頭を下げている。そんな感じでしょうか。むしろ怪しい男と思われているかもしれません。
その後、私は銀座通りの京橋から昭和通りに向かい、東銀座駅に徒歩で向かいました。
「俺のベーカリー東銀座店」様に到着しました。昭和通りと晴海通りの交差点角にその店舗はあります。何と言っても向かい側は歌舞伎座です。改めてその立地に「凄いな」と思いました。しかも「銀座に志かわ」と同じ日の同じ時間にオープンします。外から様子を伺っていると人の気配がしません。工房の中では既に作業をしているのでしょうか。
先ほどの2店舗よりは複雑な気持ちで店舗の前に立ちました。2つの大きな通りに面している関係か、2店舗よりは周辺は少し明るい感じです。
小麦粉の袋が高く積み上げられているのが外から見えます。私は先ほどの2店舗よりも深々と一礼をし「銀座に志かわです。本日よりよろしくお願いします」と言いました。
時計の針が2時近くを指し、オープンまであと8時間少しでした。

私に出来る事は、予定通り「オープン前の儀式」を行なう事だけでした。
全くベーカリービジネスに素人な私が先輩達の胸を借りて頑張るしかありません。
文字通り「よろしくお願いします」の言葉しかない訳です。この時は素直な気持ち以外何もありませんでした。
特に「俺のベーカリー東銀座店」様には特別な思いが湧いてきました。
素晴らしい立地条件。目立つ大きなビルの1階に構える店舗。
まさに大先輩に対し一礼をしての「よろしくお願いします」は宣戦布告ではありません。
心からそのように思いました。むしろ「勝ちたい」というより「負けたらあかん」という気持ちでした。

「俺のベーカリー東銀座店」から向かい側の歌舞伎座の前の道を横切り、その角を左に曲がり路地を「銀座に志かわ」本店に向かって歩きました。真っ暗な夜道です。
ふと「俺のベーカリー東銀座店」の晴海通りから比較すれば「銀座に志かわ」は完全に路地だなと、改めて思いました。「銀座に志かわ」本店の前は一方通行で、殆ど車も走っていません。道路名はあるのでしょうか。それすら分かりませんでした。冬など、夕方6時になれば、殆ど人も通りません。私は真っ暗な路地を銀座本店に向かって歩いていましたが、足取りが段々遅くなってきました。』

次回、5月10日に掲載します。

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