代表取締役 湯川 剛

昭和52年4月29日の朝。当時は天皇誕生日の祝日で、自宅で休んでいた時に社員さんからの電話がありました。
「社長、ウチのことが新聞に出ています!」
たまたま前日の夕方、当社の事務所に泥棒が入った為に警察を呼ぶということがあったので、てっきり私はその件についての記事だと思ったのですが、それとは全く異なるものでした。

掲載されているという大手A新聞を駅売店へ買いに行き、読んで驚きました。内容は「小型消火器に似た、水道の濁り防止用と称する器具を高く売りつける業者が現われた。堺北署では、被害が広がると見て、器具を買わないよう注意を呼びかけている。」というものでした。
私は早速、その堺北署に行き「どのような被害が出たのでしょうか」と訊ねると、警察署の方が「今朝、新聞を読んで知ったが、これは南署の間違いではないか。北署管轄内にこのような事件はない。」と、その足で堺南署に行きました。そうすると「南署でもそんな事件は発生していない。」と言うのです。そこで翌日、記事掲載の真意を聞こうとA新聞社を訪ねました。
「記事にあった堺北署と堺南署にも行ってみましたが、そのような事実はないと言われました。記事を書いた記者の方と会わせて下さい。」と受付からの社内電話で、社会部の方に申し入れました。そうすると「記事の内容については、A新聞社が全責任を負っており、記者個人とは関係ない。」の一点張り。それどころか「どこにもあなたの会社の社名など、一切書いてないじゃないか。」と開き直る始末です。確かに社名は明記されていませんでした。しかし記事には「定期的にメンテナンスにやってくる会社だ」と書かれてあり、住所も載っていて明らかに我が社だと分かる内容だったのです。何より警察署が「そんな事件は発生していない」という以上、それは誤報に他ならないと思う訳です。

食事をする気持ちになどなれないくらいに落ち込んでいました。弁護士事務所で先生に「お茶くらい飲みなさい」と言われた程です。というのも、記事を読まれた販売店様やお客様からのキャンセルが十数件きたからです(本の中では「注文取消しの電話が殺到した」と書かれてありますが、そこまで大袈裟な被害ではありませんでした)。30余年の経験がなせる業か、今の私ならば冷静に事態を分析する方向に思考を巡らすものですが、当時の私にはそんな余裕は全くありませんでした。とにかく「過去、ご購入頂いた全てのお客様から返品が来るのか」と、不安が不安を呼ぶ、そんな心境だったのです。でもよくよく考えてみれば10年間、コツコツとメンテナンスを続けてきたのですから、そんな心配は全く無用のものだったのです。
実のところ新聞記事が及ぼした被害は、お客様よりも社内の方が大きいものでした。社員さんが販売に対して自信をなくしたのです。記事掲載後1週間程は、営業活動など殆ど出来ないような雰囲気になっていました。当然、日々の売上はゼロに近く、メンテナンスのカートリッジ交換代金が細々と入ってくる程度でした。この難関をどうすれば突破できるのか。30歳の私には「もう知恵も気力も尽きた」そう思えました。
「このままでは倒産するのではないだろうか」
「不安」は、次に「倒産」の二文字を連想させました。タイトルの「人生はプラス思考で歩きましょう!」なんて、とても恥ずかしくて言えるものではありません。そんな30歳社長の情けない姿でした。

(次回に続く)

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