代表取締役 湯川 剛

ここ数回「OSG事業部の名称」や「中長期計画の経緯」等、2014年当時の出来事よりも少し寄り道した内容を掲載していました。今回も従来のような業務の話ではなく、14年当時に私が真剣に迷っていた事について触れたいと思います。私の性格上、通常なら迷ったとしても数日で「決断」をするのですが、この時ばかりは断片的にではありますが数か月にわたって「迷い」を抱えていました。私の経験からすれば非常に珍しい事です。

14年と言えばOSGの社長職から会長職に変わり、かれこれ7年が過ぎた頃です。
くどいようですが何度もこの「人プラ」に掲載している通り、私は会長就任を機に「社長が担うべき職務から完全に離れよう」と、私はOSGの未来ビジネスを担当し、社長にOSG本体の経営を任せる事になりました。とはいえ月に1度開催される役員会議には出席していますし、OSGに関わる問題は把握しています。「完全に離脱」という言葉の意味は、現場に対し具体的な指示を出さない(出してはいけない)事や、人事権や人事評価(賞与等)に関しては一切口出ししないという事です。こういった線引きがなければ、後を引き継ぐ立場の社長にとっては、経営の舵取りがしづらいだろうと判断した為です。「権限」が明確であるからこそ、社長も経営に力を発揮出来る訳です。
ですから以前掲載した『事業部責任者と「休日のランチ」をとったカタチで現場の状況を聞く』事は完全にアウトです。組織とはそういうものです。中には創業者だからいいのではないかという人もいますが、そういうところから組織は崩れていくのです。
「創業者だから」というフレーズは、ルール違反を正当化してしまいます。
私は創業以来「組織の構築」に苦心してきました。私が社長時代に「親族を入れない」という方針を定めたのもその為でした。しかし1度だけそのルールを犯しました。親族に頼まれて中国の現地法人に入社させた事がありました。経営者の親族であるという事から、周囲は些細な事も問題化します。一般社員なら問題にならない事でも、親族であるが故に問題化されます。私は小さな火種の段階で「解雇」する事にしました。それ程、私は「組織の構築」に全エネルギーを投入していました。事業は「売ったり買ったり」だけで成り立つものではありません。いろいろな問題が起こります。その全ての原因は「人に帰結」します。「人」が「組織構築」の鍵を握っています。武田信玄の言葉ではありませんが、まさに「人は石垣、人は城」なのです。その組織のトップに立っているのが社長であり、経営陣なのです。
全ての企業は「トップ次第」とはそのような事から来ていると思います。

こうして社長職から離れて7年が過ぎ、そして担当する未来ビジネスの1つである水宅配ビジネスを新しい社長にバトンタッチしました。「現場に直接指示を出さない事」また「人事権や人事評価にはノータッチ」という姿勢はOSGと同様に貫きました。
当時、私が抱えていた「迷い」は「直接現場に介入できない事」「人事権」「人事評価」を手放した事ではありません。
では当時、私は何に対して「迷い」を抱いていたのか。

それは当時「社長を退き、会長職でありながらマスコミ等に登場する大手コンビニエンスストアのカリスマ会長」や「大手企業の会長が、その企業経営に対して前線に立って取り組んでいる」という事を知った事がきっかけでした。「社長がいるのに・・・」というのが私の考えですが、記事やマスコミからの情報によると「会長職でありながら最前線で指揮を執っている」という事でした。

ところが私はどうでしょうか。私はOSG本体に対する問題は月に1度の役員会議で把握するだけで、それ以上の事は極端な事を言えばノータッチです。現場介入はしないし、例え問題が生じても全権移譲した社長に任せるというものです。

これまでにもお話していますが14年当時、OSGでは家庭用事業部が低迷していました。 私とすれば自らの経験から、直接現場に介入すれば何とか健全なカラダに戻せるのではないかと思う訳です。例の大手コンビニエンスストアのカリスマ会長ならさっさとやっているでしょう。しかし私の方は「介入しない」という方針です。後継者として現経営陣に問題解決の経験を積んで貰おうという思いがありました。別の言い方をすれば、「突き放す事で経験を積ませる」という意図があったのです。しかしその決断が果たして正しいのか。むしろ先程に紹介したカリスマ会長が率先して目の前の問題を解決していく事が、企業にとっていいのではないか。それが私の「迷い」でした。

私は会長に就任し、経営の最前線から一線を引く事になって7年目にして、自分の「判断」が正しいのか、間違っているのかという「迷路」に入りました。

(次回に続く)

ご意見、ご感想は下記まで
support@osg-nandemonet.co.jp