代表取締役 湯川 剛

2011年という年は、3月に見舞われた未曽有の東日本大震災が社会的にも大きな出来事でありましたが、OSGにとっても大きな節目であった年です。
(しかも不覚にもフルマラソンで人生初の完走ならず。トホホ・・・)

2011年1月に40周年の周年イベントを無事に全て終え、次の節目である50周年に向けて「中国からアジア、そして世界へ」のスローガンの通り、更なるグローバル化を模索する年でもありました。一言でグローバル化と言っても、なかなか基幹産業でもなく、個人消費においても「衣食住」の生活必需品に当てはまらないOSG製品は、思い通りに進みませんでした。
グローバル化の代表である中国事業におけるパートナー企業とのゴタゴタがようやく一段落し、製販一体の自前でのビジネスをする事がきまったのも、2011年です。
また事業領域の拡大の代表格としてのウォーターネットも発足当時はいろいろありましたが、これも一段落しました。

特別な技術、特別な資格もない自分がただ一生懸命に取り組んでいるように、このOSGも特別な技術や特別なビジネスモデルがある訳でもなく、ただひたすらに全社一丸となって「新たな市場開発」に挑戦してきた感じがします。

「誰でもできる事を誰でもできない位にやっているか。それだけやれば大抵が一番になれる」
この言葉は2011年12月5日、この年最後の朝会での私のスピーチでした。本来なら誰もが出来ない事に挑戦する事の方がビジネスにとって大切な事かもしれませんが、これはなかなか難しい事です。特にIT世界を見るとただただ感心します。
例えば、通信の世界においても次々と技術革新し、単なる通信機能からゲームや音楽の分野まで広げていくその様は、目を見張るばかりです。

それに比べて私のやってきた事は、誰でも出来る事であったと思います。
特別な技術や特別な資格がなくても「行動する」事において、手前味噌ではありますが愚直に貫いてきたと自負しています。もし私に特別な技術があれば社員さんにもっと楽させてあげられているのではないかと、時折悩みます。

年が押し迫った年の暮、私は珍しく知り合いの社長に真情を吐露しました。私が珍しく仕事以外の話をする事に最初は驚き、彼は数秒間の沈黙の後、口を開きました。

「湯川会長。世の中の働いている人達は全てITを酷使している人ばかりではないですよ。もしそれなら、殆どの人がIT企業に行きます。我々と同じような体質の人間もいる訳です。また聞くところによるとIT企業に勤めている人は目の前に座っている職場の同僚に朝の挨拶もせず、ネットで〝おはよう〟というらしいですよ。湯川会長はそういう職場を求めているのですか」
今度は私が数秒間、黙ってしまいました。
あと20日ばかりで65歳の誕生日を迎える年の瀬。いろいろあった2011年、そして新しく迎える2012年の私の闘魂に火がつきました。ITの世界には「闘魂なんぞ」無縁な話です。

【追記】
「人プラ」は、ほぼ10年前の話を書き綴っている状況です。
このペースで進行していると来年2020年の創立50周年の事は、10年後の2030年に書くという事になります。私が83歳です。コレってどう思います?
認知症を発生してしまっているかも・・・と、心配にもなります。(笑)
なので、スピードを上げ気味に進めていく事にします。
2020年12月末までに2014年12月末までを書き終えたいと思っています。
コレ、あくまでも予定。

さぁ、スピードアップだ!!

(次回に続く)

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