代表取締役 湯川 剛

6月28日以降、私は水宅配事業において大きな決断をしなければならなくなりました。

OSGに対してアクアCが明確な方針を責任者である馬場社長から示されたならば、話ははっきりするものの、高山支社長の電話以降、全く何の連絡も無い状況でした。高山支社長の前情報は「内示」だから言ってこないのか、1週間待てど音沙汰がありませんでした。
いずれにしろパートナー企業の本質を知った以上、長くだらだらと首都圏加盟店だけをやるつもりはありません。元々は本部運営を共同でやろうといったところから派生した加盟店の話だったのです。

私は改めて「OSGで水宅配事業を立ち上げないか」といった7名のメンバーの代表として、統括責任者と開発部長、それに中田支店長の3名と7月7日に再度面談する事にしました。
「旧アクアCジャパンの殆どのプラントを手がけた会社が石川県金沢市内にある。現在はアクアCともアタックとも付き合ってプラントのメンテナンス業務を一手に引き受けている。ここの種田社長(仮名)の意見も是非聞いてあげて欲しい」とまた新たな話が持ちかけられました。

まさかプラントのメンテナンスを手がけている会社が、もし彼らと同じようにアクアCに不満があり、OSG独自の水宅配事業に参加したいというのであれば、間違いなくアクアCにとっては大きな打撃です。勤務している彼らの退社も大きな問題ですが、メンテナンスを委託している会社が脱退してしまうと事業全体が停止すると同時にアクアC本部は勿論、多くの加盟店にとっても打撃であり、いくら「OSGを切る」と言った相手であったとしても同じ経営をしている者としてそれだけは止めなければならないと思いました。

まずは種田社長と会う事が先決だと7月11日、高輪プリンスホテルにて面談。種田社長の話によると元々は米国N社のプラントを施工している会社であって、その会社が独自で作り上げたプラントではないとの事。
私自身、N社を訪問しトップとも面談した事があるのでN社の事はよく知っています。

それから数日後、アクアCの九州の某加盟店からも私に会いたいと連絡がありました。
「アクアCの加盟店会の湯川社長の話を聞き、感動しました。どうしてOSGがアクアC加盟店になったのか理解できない。むしろOSGの企業規模ならば水宅配事業を立ち上げるべきで、それなら自分も参加したい」との事でした。

彼らの共通点は、「アクアCに対する不満」であり、それは私にとって大きなネックでもある訳です。従来の旧アクアCジャパンが彼らの基準であるならば、恐らくOSGと手を組んでも不満は発生するでしょう。企業文化の違いはカルチャーショックとしてやりにくいと感じるのは自然な事ですが、体制の変化に対してはそれに従うのがビジネス世界の常套でしょう。
しかしながら彼らが持っている経験値・体験値は、非常に貴重であるが故に、悩ましい問題でありました。

いずれにしても、これら現象はOSGから求めていたものではなければ、仕掛けたものでもありません。OSG周辺で自然発生した出来事です。アクアCサイドから離れるように仕向けられ、また一方でアクアCサイドからOSG独自のブランドでの新水宅配ビジネスをやろうと言われる。自然の流れが動き出したような予感がしました。

この後どうなるのか。
いずれにしろ、舞台は当初考えていた方向とは全く違った方向で廻り始めました。

 

【追記】
7月11日、種田氏との面談中に携帯電話がなり、「プロレスラー橋本真也が亡くなった」との訃報が入りました。今と違ってプロレス番組がテレビで華やかしい時代に武藤敬司・蝶野正洋、そして橋本真也らのユニットは闘魂三銃士と言われ、彼らは超人気レスラーでした。
彼ら3人は同期入門で練習生の時代から私の家にも来てよく知っていました。丸坊主の練習生3人が、後に闘魂三銃士と言われ、それぞれの個性を作り上げた事でスター選手になってからもOSGに遊びに来たりしていました。
享年40歳と知り、余りの短い命に、人生の無常を感じました。
生きている間が花。辛くても厳しくとも、それも生きている証。生きている間が花。
58歳の私がまだまだやらなきゃならない課題は山ほどあると、改めて感じました。

(次回に続く)

ご意見、ご感想は下記まで
support@osg-nandemonet.co.jp