代表取締役 湯川 剛

第103回(4月1日更新)から3回にわたってOSGの企業文化を説明しました。
毎年12月に行なわれるハワイ・ホノルルマラソンへの参加も、今ではOSG企業文化の1つです。今年の参加で22回目、すなわち22年間に渡って延べ500人以上の社員さんが参加していますので、もうこれは歴とした企業文化と言えると思います。元々は私が一人で参加したのですが、そのきっかけは「人生はプラス思考で歩きましょう!」をそのまま実践したようなものです。
以下は、何故に「OSGがホノルルマラソンに参加するようになったのか」のお話です。

1987年1月4日はOSGの仕事始めの日でした。新年の挨拶など初出式のセレモニーを終えた後、私は急に寒気がしてきました。当時も連続休日返上で働いていましたので、多少疲れが溜まっていたかもしれません。大した事は無いと最初は思いましたが、みるみる内に熱が上がり、慌てて病院に運ばれました。肺炎などに注意しなければいけないと言われ、緊急入院しました。しかし私は急ぎ退院しなければいけない状況があったのです。それは10日後に大手商社系ガソリンスタンドのGAT訓練を控えていたからです。病院は1週間になるか2週間になるか分からないとの事です。とりあえず絶対安静との事でした。私は高熱と闘いながら、とにかく退院しなければならないと、そればかり考えていました。訓練を受講される企業は新年早々にそれは強い思いでこの訓練参加を決定されたのです。訓練を中止するにしても、遅くとも5日前までには伝えなければなりません。勿論、訓練道場となるお寺にもです。高熱だけでなく、時間との闘いもありました。そして期限ギリギリの5日前。訓練を決行するか、中止するか。熱は依然として下がりませんでした。私はこの決断期限の瀬戸際で尚も「あと1日だけ様子を見よう」と、判断を延ばしました。ところがその翌日、体にフラつきはあるものの、前日までの高熱が嘘のように下がっていました。
「訓練を決行する」私は決断しました。

その時の訓練は名古屋でしたので、当日は新幹線で移動する事になりました。新大阪まで送ってくれた社員さんが「社長、今年は新年早々、病気などしてツイていませんね」と言いました。私は前日の日記に「今年はツイているぞ」と書いていたのに、社員さんは「ツイていない」と言うので、笑ってしまいました。
「どうしてツイていないのだ? 新年早々に病気をして、これ程ツイている事はないぞ。何故ならば1年の計は元旦にあり。病気したお陰で健康管理の必要性を認識した」と言いました。

そんな「健康管理」を意識していたちょうどその頃、私はテレビを見ていて「よし、コレだ!」と思いました。それは「郷ひろみがホノルルマラソンを走る」という内容の番組でした。
「1年間の健康管理の結果として、今まで考えてもみなかった42.195キロのフルマラソンを走ろう!」と決意しました。
「1年もあれば、何とかなるだろう」
そう決意したのは、翌日に40歳の誕生日を迎えるという39歳最後の日でした。

学生時代は剣道部でしたので、余り長距離を走った経験はありませんでしたが、訓練を無事に終えたその日から「走る」事を日課に入れました。毎日10分走り、3ヵ月後に30分走り、5ヵ月後に60分走り、8ヵ月後には100分走りと体力をつけていきました。

(次回に続く)

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