代表取締役 湯川 剛

自社ビル建設に続く第2次5ヵ年計画として「業界日本一に取り組むぞ!」と社員全員で決起したのは1979年11月11日、大阪長堀日生光陽ビルの貸会議室での事。1985年は、「年間10万台」実績を実現すべく、闘っている真っ最中でした。

その為にあらゆる事が検討された中で、「テレビコマーシャル」にも話が及びました。
当時は漫才師の西川のりお・上方よしおをイメージキャラクターとして起用していました。

以前も話しましたがタレントを起用する際、何よりも「始めに予算ありき」で決めていました。全ては予算次第ですから、イメージ等にこだわれる状況ではなかったのです。
しかし現場からは、タレントの印象によって製品のイメージが左右されてしまうとか、業界日本一に相応しいイメージのタレントを選ぶべきだという声がありました。そこで広告代理店と私達との話し合いが行なわれました。

タレントを決めるコンセプトとして、次のような意見が出されました。

従来、腰痛・肩こりなどで治療器として使うイメージより、スポーツやビジネス・レジャーの後で日常的に気軽に使える携帯式の低周波治療器を目指していましたので、話題は「スポーツ」をイメージさせるもの中心に進んでいました。
そこで「スポーツをイメージさせるタレント」を起用するのか、それとも現在で言うところの「アスリート本人」を起用するのかという事でした。
前者は当時では千葉真一や加山雄三であり、後者は殺虫剤で掛布選手や布団の高見山などがCMに登場していました。私は横で聞きながら「出演料が高いだろうに好き勝手な話しをして・・・」と思っていました。広告代理店によると俳優より選手の方が出演料は少し安いとの事から、現役のスポーツ選手に話が絞られました。ある社員さんが「その選手の成績がイメージに影響を与えるのでは・・・」と懸念されました。それはかつて高見山が幕内力士から十両に落ちた事で、一時布団メーカーが起用を中止した経緯があったからです。

ともかくスポーツ選手を起用する事をとりあえず会議の方針としました。しかし選手の成績によってイメージが左右されるようでは困るとの事から、成績に関係なく「ナンバーワンのイメージである」という選手は誰かといいう事になりました。その時誰かが、「アントニオ猪木はどうですか」に全員が思いもしない名前に、一瞬ポカンとした顔でしたが、「アントニオ猪木か・・・それはいいなぁ」という空気が部屋いっぱいに漂いました。

(次回に続く)

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