代表取締役 湯川 剛

GAT訓練が開始された1978年、そしてリズムタッチが発売になった翌1979年1月からの10年間は、まさに破竹の勢いと言っても過言ではない程、当社が成長した時期です。それは同時に、私自身が不眠不休で働いた10年間でもありました。年齢でいうと31歳からで文字通り「仕事漬けの30代」でした。

GAT訓練の噂は、ガソリンスタンド(GS)業界でたちまち全国に広がりました。GAT訓練によってオイル等の販売実績が業界内の常識を超える成果を見せた為に、その事を業界紙や専門雑誌が次々と挙って取り上げました。またその掲載記事が多数の全国からの問い合わせを増やす要因にもなりました。このような状況の中にあって片方で低周波治療器の販売をいかに広げていくかも、当時の私の課題でした。

ここで私は、ひとつのアイディアが浮かびましたが、30年以上の歴史ある低周波治療器業界の概念を無視するようなビジネスモデルでもあり、それはひとつの賭けでもありました。
私はGAT訓練によるオイル販売実績の結果を見て思いました。
「これはGS本業の製品だから実績が上がるのは、当然かもしれない。しかし真にその企業に販売能力が付いたならばGS専門外製品も売れるはず。その実績が付けばGS側にとっても収益構造が増え、よろこんで貰えるはずだ」と。
すなわちGAT訓練を受講した後に従来はオイルや洗車の販売を行なっていたのを、その間に低周波治療器を販売する試みでした。GS側から見れば、油外収益になるのですが、当然の事ながら過去に一つの事例もありません。もし失敗などするとわずかな期間とはいえどGAT訓練の成果に傷がつき、たちまち信用失墜になり兼ねません。賭けとは、そういう意味でした。

成功すれば、低周波治療器の販売も確保出来、訓練の問い合わせにも応じられる。しかし失敗すれば命取りになり兼ねない。そして「何故、ガソリンスタンドに低周波治療器なのか」という事に対しての理解も必要な訳です。
1978年のこの年に大ヒット映画「未知との遭遇」がありましたが、まさに私にとって「未知との遭遇」であり、新たな挑戦でした。

(次回に続く)

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