代表取締役 湯川 剛

畦道を通り、周囲を畑に囲まれ目立った看板もない一軒家。オーナーシェフが経営されるイタリアンレストラン「オルト」はまさに、畑の中にありました。
ご夫婦とお嬢さんとの3人で運営される家庭的なお店で2度程、連れて行って頂き、私の顔も覚えて頂いていました。しかしそれも今日が最後でもうこの店にも来らないのかなと思いながら、席につきました。いつもの家庭的なイタリア料理を奥様とお嬢さんが運ばれ、いつもと変わらない雰囲気で食事会が始まりました。わずか数時間前にテスト販売が中止になる話などがなかったような雰囲気で、食事中もその事には誰もが一切触れる事はありませんでした。
参加者の皆さんは、今まで以上に私ととりとめのない会話をしていました。
「もしこれがテスト販売開始前であったなら、別の流れになっていたのかもしれない」と思いながら注がれるワインを飲んでいました。
この食事会の時間が皮肉にも、参加者の方と以前に増して親しくなっていた事は確かです。しかし、もう遅いのです。

2時間程の食事会が終わり、私は本所社長の車に同乗して品川駅まで送って貰う事になりました。
本所社長も私も少し酔っていましたが、車中ではお互い経営者としての話に戻りました。
改めて不具合を出してしまった事や水宅配事業への中止に対してお詫びしました。
その後、本所社長が「伊藤忠グループ関連会社の社長会」の話が出ました。その社長会の中で丹羽会長が「これからは水の時代だ」との発言があったというのです。
私は本所社長に「JF社の水宅配事業について、丹羽会長はご存知なのですか」と尋ねると、まだ報告していないとの事でした。私は安堵と同時に、丹羽会長の「これからは水の時代だ」という言葉が頭から離れませんでした。

JF社の社宅がある幕張で本所社長と別れ、私はそのまま品川まで送って頂く事になりました。何気なく運転手さんに「毎朝本所社長を、何時ごろ迎えに行かれるのですか」と話しかけましたが、頭の中は「これからは水の時代だ」という丹羽会長の言葉が占めていました。左手に見える東京ディズニーランドの夜景に目をやりながら「これからは水の時代だ」を今もはっきりを覚えています。

社宅に戻り、改めて今回のテスト販売が中止となった不具合に対して残念で仕方がない気持ちが蘇ってきました。そのことがきっかけにJF社との業務提携も消滅した事に「この悔しさを誰にぶつけていいのか」と、ひとり薄暗い部屋の中で椅子にもたれ座っていました。同時に「これからは水の時代だ」という丹羽会長の言葉も蘇ってきました。

不具合は絶対にあってはいけない事です。不具合は許せない事です。当然、誰も不具合を出そうとした訳ではありません。結局のところ、その責任は私にあるのです。正直、過去に不具合を出した事はありました。今までの経験では担当者が加盟店様に素早い対応とお詫びをすれば激怒されても許して貰っていました。
しかし、JF社の姿勢は一貫していました。
そこに品質管理の問題以外の別の要因があったとしても、それは外部の私が言えるものではありません。自ら蒔いた種で、言い訳は通じないのです。むしろ弊社よりJF社に迷惑をかけた事の方が重要なのです。「JF社との業務提携は完全に消滅した」がその結果なのです。私はこの結果を現実のものとして全て受け入れました。

この時の私をもし第三者から見れば、不気味に映っているかもしれませんが、私は灯りもつけない外から差し込む光だけの薄暗い部屋の中で、殆ど動かずに外を見たまま椅子に座っていました。その時間は1時間を超えていたと思います。
先ほど自分の心の中に整理した筈の気持ちがどこかで「このままでは終われない」という気持ちに変わり、沸々と腹の底から「このままでは終われないぞ」という気持ちが湧いてきました。
「これからは水の時代だ」
伊藤忠グループの総責任者である丹羽会長の言葉が私を奮い立たせていたのです。
もう眠気などありません。

明日、一番の新幹線で大阪に帰る私の心にスイッチが入りました。

(次回に続く)

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