代表取締役 湯川 剛

1999年12月20日、私は上京しました。
17日の会議を経て改めて幹部に3つの協力が可能かを確認しました。
1つは金融機関の協力、2つは部品を提供するなど協力関係企業の協力、そして3つ目には社員の協力が得られるかどうかでした。
譲渡金額の提示は二の次でした。まずはこの3つの協力の有無を確認した後に決めればいいと思いました。
この3つの内、1つでも欠けるとそれは再建できないとはっきり伝えました。

本来であれば、「4つの協力」を求めるところです。すなわち4つ目に「販売店・代理店の協力」も必要であると言うべき事でしたが、どうしてか当時は「3つの協力」しか伝えていませんでした。

さて1つ目の「金融機関の協力」ですが、なんとメイン銀行である小川信用金庫自体がオムコ倒産の影響を受け、崩壊寸前であると言われました。結果的に崩壊に至りました。
私にすれば1つ目の協力が消滅した訳です。
「3つの内、1つでも欠けるとそれは再建できない」と言ったので、その瞬間、「再建しない」となるのですが、残りの2つに賭けてみました。

2つ目の「部品などを提供する協力関係企業の協力」ですが、時間的なこともあり全ての協力関係企業と会う訳にもゆかず、オムコ社に影響力の大きい会社を代表として5社を集めて貰えるよう、幹部に事前に伝えていました。その結果、5社の社長や幹部の方が来られました。

私はOSGの会社を簡単に説明し、5社の社長や幹部の方に次のような事を言いました。
「協力関係社の半分以上が協力してくれるなら、私は再建を引受けてもいい。今日は全社が来られていませんが、代表で5社の皆さんに来て頂きました。そこでもし私が引受けた場合、今後とも協力をして頂けますか」との質問に、全員が協力するといって頂きました。

そこで私は「ここは関東です。関東の皆さんから見れば、関西人・大阪人のイメージはどう思われますか。商売がキツい。例えば納品価格の見直しなど、厳しい基準でされるのではないかとのイメージがあるでしょう。」と笑いながら言いました。
「どうかケチだと思っておいて下さい。どうか値切られると思っていて下さい。関東の人からみれば、大阪人は非常にやりにくい相手という先入観があるなら、それで結構です。
でも値切ったとしても支払うものはしっかりとお支払します。だから協力するといって頂いたのだから、必ず協力して下さい。私も頑張ります」と私の考え方をハッキリと伝えました。

さて3つ目の「社員の協力」ですが、幹部の話によると優秀な社員と会社に愛着のない社員はサッサと会社を辞めてしまったという事です。当然と言えば当然の事です。
しかし優秀か優秀でないかは別にして、会社に愛着を持ってくれている社員が残っているのならば、それが一番大事な事です。
そこで私は幹部の方に12月24日のクリスマスイブに残っている社員全員と協力関係企業の皆さんも全員、オムコ本社工場に集めて下さいと言いました。
そして12月27日に販売店・代理店の皆さんはOSG本社に集まって下さいと伝えました。

1999年が終わろうとしている11日前の12月20日の1日の出来事でした。
その夜に書かれた日記が「GOか、STOPか!」というように、まだ迷っていた自分がいました。

(次回に続く)

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