代表取締役 湯川 剛

1991年6月11日、大阪都ホテルで「創立21周年記念式典」を開催しました。
「20周年にすべきではないか」「なぜ21周年なのか」という議論は、当然の事ながら社内で起こりました。その中には「社内向け・社外向けと分けて考えればいいのではないか」という意見も含まれていました。
「お客様をご招待しての20周年記念式典は出来なかった。でも21周年記念式典はやろう。」1月14日の式典を開催する際に言ったあの言葉は、「20周年」という一つのけじめをつける事、そして次の目標に挑む為に必要な「儀式」を意味していました。そんな「区切り」が私自身にとってはどうしても必要だったのです。

式典当日の来賓の方々の挨拶は、その内容の殆どが
「20周年の式典に呼ばれたことはあるが、21周年とは変わった周年記念式典だ。」というものでした。
「実は、こっそりと社内だけで20周年記念式典をやりました。しかも涙の20周年記念式典でした。」などとはとても言えず、
「20周年のお祝いより、次の10年に向けてのキックオフの式典です。」それが式典で述べた私の挨拶でした。現在の私なら絶対に有り得ない事ですが、「若気の至り」とでも言えばいいでしょうか。こともあろうに
「10年後に株式上場します。創立30周年には株式上場の報告をします。」と言ってしまったのです。社内発言ならまだしも、社外の方々に向かって言うべき言葉ではありません。式典出席者は社員さんを含め800人程の規模でしたが、「株式上場」の言葉に熱く興奮していたのは私ただ一人だけで当然、会場の雰囲気は何の反応もなく、むしろ冷ややかなものでした。
記念式典を終え、懇親会の時に「凄いことを宣言したな」という声がありましたが、それは期待を込めての言葉ではなく、「よくもあんな厚顔無恥な発言をしたものだ」という顔でした。
親しい出席者などは「正直、10年先は長いなぁ」「10年先はみんな忘れているよ」と期待しているような声は、誰の口からも聞こえては来ませんでした。

思えば「株式公開をする」という意味を、私自身が十二分に理解していなかったのかも知れません。ある種「10年先に株式公開」という言葉に酔い、熱に浮かされ口走ってしまったようなものです。でも、「宣言してしまった」事には変わりがありません。
この日から、私にとって新しい挑戦が始まりました。

そして私は再び、営業本部長に就任しました。

追記
2010年2月1日から新年度が始まりました。いよいよ創立40周年を迎えるわけです。
私たちは、昨年より1年かけて創立40周年の準備をやってきました。
「40周年に合わせて40件のイベントをやろう」との呼びかけで、創立40周年記念事業準備委員会が発足され、社員さんたちのアイディアなども合わせて、現在行動しています。
例えば、創立記念の新製品発売・全国ネットテレビ番組提供やブロードウェイ・ミュージカルのメイン協賛、そして中国保健国際展示会出展および中国国家3大機関との提携なども、創立40周年記念事業としての行事です。
私自身が保有する弊社株式の一部を社員さんたちに贈呈することも決まりました。50周年に向けてのタイムカプセルや「OSG検定」などもこれから開始されます。本格的なテレビ会議の導入や営業本部の移転など、社内制度もこの機会に一新されました。気持ちの上では20年前と全く変わらず「40周年より41周年記念式典」と次の10年に目を向けています。

大きな節目となる2010年を迎えました。今年もご支援ご指導の程宜しくお願いします。

(次回に続く)

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